月別アーカイブ: 2016年3月

入院15日目、術後12日目

順調と思われていた入院生活。

退院を明日に控え、伏兵が。

昨日、ふらつくのは血糖値が低くなったせいかと思ってましたが、熱が37度5分出てました。

今朝は少し下がって、37度。

抗生剤を飲みましょう、ということになりました。

昼間はまた、36度8分になっていましたが、先ほど5時の検温で37度4分に。

明日、退院前の血液検査で何か引っかからないといいな〜汗

先週半ばにはあんなに退院が不安だったのに、今は心待ちしています。

好きな食事が取れない、量もだいぶ少なめということも帰りたい理由の1つです。

長いことデブで、「体重を減らす」ことは何でも歓迎、な私ですが、適正体重と言われる体重を過ぎ、毎日400グラム平均で減り続けていくのを見ていると、さすがに心配になります。

ま、増やすのは簡単、なんですけれどね。

夜中から下痢が酷くなり、昼過ぎまででいったい何度トイレに行ったでしょうか。

やはりマグミットは合わないと先生に訴え、ビオフェルミンを処方してもらいました。

「ビオフェルミンは下剤ではないんですよね。むしろ、下痢を止めるというか」

そうおっしゃる先生に

「ですよね!でもなぜかビオフェルミンだと順調なんですよ!」

無理やり主張すると、ビオフェルミンごとき大した害はなかろうということなのか、あっさり出してもらえました。

夕方、夫が来てくれたときに明日の準備を少々。

まったく使わなかったもの、とても便利だったもの、いろいろありました。

本は結局のところ、10冊読了。

うち7冊が小説でした。

いま、11冊目にとりかかったところ。

倍は持ってきていたから、やはり持って来すぎでした汗

けれど、なかなかゆっくり本も読めなくなっていたのて、いい機会でした!

さて、無事明日、退院のご報告ができるかどうか…

祈りつつ最後の夜を過ごします。

 

入院14日目、術後11日目

入院もあと2日となりました。

今週の半ばに退院の話があった時は、「どうしよ!昼間1人で困る!」と思ったものですが、だいぶ歩けるようになり、傷の痛みも治まってみると、なんとかなるかな、と思えるようになりました。

後遺症の足の神経と手の痺れも、日に日に良くなっているのがわかります。

朝起きた時は調子悪いかも?と感じても、午後には楽になり、歩く足取りもだいぶしっかり早くなってきました。

ひとつ良くなると次の問題が出てくる訳ですが、お通じ悪くて飲んでいる薬、服用を増やしたところ今度は下痢気味に。

しばらく、ちょうど良いバランスを探す自己人体実験が続きそうです。

血糖値は成績良すぎて、今日の午後から測定そのものがなくなりました。

ただし、夕方になると血糖値が下がり過ぎるのか、ぼーっとめまいがします。

低い血糖値に身体も驚いてるんでしょうか。

夕方、以前少しだけ働いていた占いの店でご一緒させてもらったRさんが顔を見にきてくれました。

軽く近況報告をして、再会を約束して別れました。

会いたい人もたくさんいるし、行きたいところも沢山ある。

この先、たくさん楽しみが待っていて、本当に元気に動ける日か待ち遠しいです^ ^

 

 

 

 

入院13日目、術後10日目

昨夜はリハビリですっかり疲れていたのか珍しく10時にはコトン、と寝ていたのに、やはり3時半過ぎてお腹の張りで目が覚める。

1時間半ほどベッドで反転したり、トイレまで往復したりを繰り返していたが、いつの間にか眠ったらしく、ふと気づいたら朝だった。

病院の夜と朝は早い。

消灯は9時、起床は6時。

個室ではうるさいことは言われないので好きな時間まで電気をつけていたが、4人部屋に移ってからはそうもいかない。

それでも9時に電気を消されてしまうことはなく、だいたい10時頃に看護婦さんが回ってくる。

夜中はナースコールや看護婦さんの見回りや、人がトイレに行く音、イビキや寝言などがやけに響くのでなかなか熟睡は難しい。

それでも朝の病棟はきっちり6時から動き始める。

何日か置きの血液検査は朝イチで、たいてい寝ぼけ眼で腕に針を刺されて目覚めることになる。

今日は幸い特別な検査はなく、検温、血圧測定、指先の血糖値測定。

体温は37度あるが、その他正常である。

入院中の今が、ここ数年来で今が1番健康かと思うと皮肉なものだ。

BMIも22、ドンピシャだし。

今日はとにかくだるいのでだらだらを決め込んで、歯を磨いて顔を洗ったのも11時近くになってからだった。

午後、顔を出してくれた夫が帰った後で、入院中初めて自力で洗濯。

洗って、乾燥機に掛けて、もう一度乾燥機を回して、引き取りに行く。

この4往復で、怠惰な1日がチャラになった気持ち(笑)

退院が火曜の朝に決まり、入院もあと2日になった。

何日か前には退院と言われて不安だったのに、今では楽しみに思えるのは、回復しているしるしなんだろう、と思う。

 

 

入院12日目、術後9日目

昨夜、下剤を服用、朝方無事お通じがあって一安心。

食事は朝から七分粥になった。

この後、退院まで七分粥のままとのこと。

おかずのメニューはだいぶ普通の食事らしくなっていて、昼はカレイのワイン蒸し、夜はおでんが出てびっくり。

午前中に、退院後の食生活について、栄養管理士さんと面談があった。

基本、繊維質の多いものはダメで、通常身体に良いと言われる海藻やきのこやこんにゃくなどは避けましょうとのこと。

豆類もダメ。

大好きな枝豆や黒大豆のお茶、といってもお茶を出した後のマメを食べるのが好きなんだけど、しばらくは我慢になりそう。

繊維質についてはよく、水溶性と不溶性の違いが言われるけれど、その話は特になかった。

午後はリハビリへ。

リハビリ室が入院棟とは別棟にあるので、永遠とも思える距離をゆっくり歩いて行った。

手の痺れはそのうち治っていくけれど、脚の方はどのくらいかかるのか、どの程度治るのか予測は難しいと、整形外科の先生、昨日来てくれたリハビリの先生と同じことを言われたのでやはりそうなんだろう。

出掛けて人に会う仕事、手を使う仕事だから、どの程度機能が制限されるかによってはやり方を考えなくてはいけないかも知れないな。

リハビリは週末はお休みだそうで、多分火曜の朝退院になる私には今日が最初で最後のチャンスだった。

帰宅してから必要になりそうな動き、それをサポートするやり方と、手の機能を回復するための練習をいくつか教えて貰ってきた。

リハビリが終わったタイミングでちょうど、友達のNさんが来てくれた。

お茶もお菓子も出せなくて、残念。

 

 

 

 

 

入院11日目、術後8日目

朝起きたら疲れていた。

昨日、歩き過ぎた?

それとも喋りすぎ?(笑)

夜中にお腹の痛みで起き、しばらく寝られなかったからかな。

だらだらゴロゴロしていても、罪悪感を持たないでいいので助かる(笑)

なんて思っていたけれど、重病の患者さんに個室を明け渡すことになり、今日から4人部屋へ。

「ごめんなさいね〜、歩ける方にお願いしているんですよ」

そう言われたら、甘えたことも言っていられない。

体の方は、まだお通じがなくて、薬を飲み始める。

大建中湯エキスは腸閉塞を防ぐんだとか。

マグミット、これは便を柔らかくする薬。

神経の修復をするための、メコバラミン。確か、ナボリンという名前で市販されている。ひどい肩凝りに効くけれど予防的に毎日飲めと勧められたことがある。わかりやすく言うとビタミンB12のはず。

ブラス、湿疹用に抗ヒスタミン剤入りのクリーム。

しばらくお薬フリーだったのに、いきなり薬が増えた。

糖尿や血糖値の薬より、だいぶ気が楽だけど。

昨日点滴が終わって血糖値は、朝が120、夕方90でいずれも空腹時。

朝の120は少し高めだったが、夕方の90は、私的にはここ最近見たこともないような低血糖である(笑)

「気分悪くないですか?クラッとしたら手持ちのお菓子とか、食べて下さいね、持ってらっしゃいます?」

と看護婦さん。

「持ってないですけど( ゚д゚)」

「ですよね〜(^o^)」

罠?( ̄O ̄;)

 

食事はどんどん食べられる量が増えている。

手の痺れと脚の付け根の違和感にはリハビリが入るらしい。

今日から早速かと思ったけれど、お呼びがなかったので明日以降に期待。

 

 

 

 

 

 

入院10日目、術後1週間

今日は目まぐるしい1日でした。

まず、傷口のドレーンが抜け、またひとつ身軽になりました。

昼過ぎには点滴も終わり針が抜けました。何もついていない自分だけの身体になりました!

点滴は、本当はあと1パック入れなきゃいけなかったんですが、点滴が落ちなくなってきてフルスピードでもかなりゆっくり目にしか入らないため、もう一度点滴の針を刺すまでもないでしょう、と温情判決で最後のパックをキャンセル。

そして、愛知からオランダで知り合い、15年ずっと仲良くしてる友達がお見舞いに来てくれました。

いつもは3人組で温泉やら観光やら行く私たちですが、現在もう1人は旦那さんの赴任でアメリカ在住中なので、今日来てくれた友達が彼女の分まで怒涛のお喋り(笑)

整形外科受診とお洗濯にも付き合って貰いました。

整形外科は手の痺れについてでしたが、ついでに左鼠蹊部に力が入らないことについても聞いてみました。

手の痺れはやはり手術中の圧迫が原因では?とのこと。特にいつとは言えないけれど、半年くらいを目処に徐々に治ることが多い、そうです。

伏兵は鼠蹊部の方。

もともと股関節に問題があり、そのせいかと思っていたら、リンパ郭清をしているので、神経が傷ついている可能性ありとのことで、もしかしたら長引くかも、だそうです。

それでもいまの段階で何にも頼らずゆっくりですが歩けているし、これも日にち薬かな。

さらに、着替えの時に、お尻から足元まで、かなりな範囲に湿疹が出ているのを発見!

蒸れたのかなー?ちょっと痒いとは思ってたけど、こんなになっていたとは( ´Д`)

という訳で、下着は紙のものを使わず、100%コットンを選ぶことにしました。

食事は今日の昼からは5分粥に昇進。

完食してしまった…まだお通じないのに大丈夫かな〜という不安はあるものの、病院の食事が美味しくいただけて満足です?

入院9日目、術後6日目

昨日の夜、万全の態勢で臨んだにも関わらず、全く眠れず。

12時過ぎて睡眠導入剤を点滴に入れてもらってようやく寝ました。

何度も起きてしまうけど、それでも寝た感じがして今朝は楽でした。

腕の痛みはほとんどなくなりました。

お尻に入れてあった管が抜け、導尿管も抜け、お昼からご飯も始まりました!

image image

絶食9日の後の食事です。

先生は「残すつもりで食べてね」とおっしゃいましたが、とても全部は食べられませんでした。

半分も食べてないかも。

今、傷の痛み以外で気になっているのは、右手の薬指と小指から手のひらにかけての痺れです。

お箸がまともに持てないことが分かりました。

でも他は至って元気。

毎日、身体が戻ってくるのを感じます^ ^

血圧も120台と80台に下がりました。

まだもう少し、個人的なお返事は控えさせて下さいm(_ _)m

こちらのコメントも、ラインやフェイスブックなどのコメントも含め、みんな読ませて頂いて、本当に力を貰っています。

ありがとう。

入院8日目、術後5日目

昨日の夜、左側の肘のあたりの痛みが酷くて眠れず、傷の痛みよりお腹の痛みより、その方が苦しくて痛み止めを打つ羽目に。

それで少しは落ち着いたものの、ウトウトするくらいしか眠れず今日の体調はだいぶ落ちてます。

血圧が158/100で、どんどん上がってるのは痛みのせい?

それでも熱は6度台半ば、血糖値は相変わらず110くらいから140位の間です。

今日の変化

・諸事情により部屋を変わりました

・水は好きなだけ飲んで良くなりました

・ここ11階から2階のレントゲンまで行きましたが今までて最長距離を歩いたものの、途中でダウン。初めて車椅子のお世話になりました

・なんか昨日から借りてるパジャマがきついと思ってたら、Sサイズだったことが判明

そんな感じです。

なんとか夜まで、寝ないように頑張ります。

入院7日目、術後4日目

今日になってだいぶ元気になりました。

昨日は薬が効かないと7度8分前後だった熱も、今朝からずっと6度台です。

先ほど歩行訓練で、初めて部屋の外に出て、数メートル先の看護婦さんの詰所まで歩いて戻りました。

歩くときは自力で戻れるか、を計算しながらになるのでちょっびりスリルがあります(笑)

たくさんメッセージ頂いてありがとうございます。想像する以上に励ましは力になるものたな、と実感しています。

まだ個別のお返事は返せませんが、ブログはできる限り毎日上げたいと思っています。

 

ガン発覚まで その4(予約投稿しています)

大腸内視鏡検査を控えた3日ほど前、朝起きたら突然
「ガンだから覚悟して」
とメッセージが降ってきた。ような気がしたんですね。

だからなのか、実際に検査が終わり、先生から話があった時には比較的、冷静でした。

「うーん、ポリープがねー、ちょっとこの場では取れなかったからね」
そう言葉を濁す先生に
「ガンだっていうことですよね?はっきり言ってもらったほうがいいので」
詰め寄ったけれど
「うーんまぁ、経験上、そう言ってもいい、かもしれないなぁ〜」
などと最後まで言葉を濁しておられました(笑)

とにかく大きな病院で診てもらいなさいということになり、紹介状をもらうことになりました。
すぐに夫と、毎日ヘビーにLINEでやりとりしている友達二人に連絡。

夫には電話をしたけれど仕事中で出なかったので、LINEを残しました。
「やっぱり、ガンだったー」
すぐに折り返し電話があり少し話したけれど、その時点でわかっていることはほとんどありませんでした。
その日の飲み会をキャンセルして帰ると言う夫に
「行っておいでよ、別に昨日の私と今の私、何が変わっているわけじゃないんだから」
と言ったけれど、結局、その日夫はまっすぐ帰宅(笑)

ちょうど翌日と翌々日に、夫の親戚のお通夜と葬儀が和歌山で行われることになっていました。
なので、東京行きは翌週半ばに延期、代わりに夫婦で車の旅をすることに。
ガン告知された翌日にお通夜とお葬式に出ると、いろんなこと考えてしまうものですね。
自分の時はどうしてもらいたいかなとか、あとどのくらい時間が残されているのかな、とか。

本当に冷静だったのかどうかは、わかりません。
日頃と同じ、だったわけでもありません。
暇さえあればガンについて、調べまくっていましたし、いつも頭からそのことが離れなくなっていましたから。
けれど少なくとも、あまり浮き沈みなくいろいろな判断をしたり、人とも普通に接することができたかな、という気はしています。

いざという時に無茶苦茶取り乱さないでいられた自分を、ちょっぴり誇らしく思っています。